門 康彦 淡路市長
昭和21年2月24日生
本籍・淡路市志筑 父親出生地・淡路市遠田
昭和39年3月 兵庫県立津名高等学校卒業
昭和43年3月 関西大学文学部哲学科卒業
昭和43年から 三原高校 淡路教育事務所 教育委員会 財政課勤務
昭和59年4月 農林水産部総務課経理係長
昭和62年4月 総務部財政課課長補佐
平成 元年4月 総務部財政課副課長
平成 4年10月 総務部財政課参事
平成 8年4月 土木部次長
平成11年4月 企業庁管理部長
平成12年4月 県企業庁管理局長
平成13年4月 淡路県民局長
平成15年4月 兵庫県代表監査委員
平成17年5月 淡路市長
【趣味】 読書 空手(4段)ゴルフ
【信条】 「心は少年」
【好きな人物】 土方歳三 ジェームス・ディーン
【著書】 詩集『砂楼の伝説』
エッセイ『故郷の雨1』
エッセイ『故郷の風1』
エッセイ『故郷の雨2』 その他

文藝春秋12月号同級生交歓
門康彦 淡路市長
冨田佳宏 神戸大学大学院教授・学長補佐
近野正義 神戸国際会館監査役
高田貴代志 兵庫県立津名高等学校教諭
行間の密度と言う言葉がある。書かれている言葉よりもその言葉の裏の意味、また言葉と言葉の間、何も書かれていない空間にある凝縮された意味とも解釈されている。
時は三十数年前、所は京都、銀閣寺から哲学の小径を経て南禅寺、西下した鴨川の三条河原で学生とやくざの乱闘事件が有った。祭りの宵で双方三十数名が入り乱れての派手な喧嘩で機動隊まで出動したが、当初、劣勢であった学生が勢いを取り戻してからの反撃は見事なものであったが、その要因は作戦にあった。三条大橋から駆けつけるやくざに対して、一旦、御池大橋まで退却し態勢を立て直して迎撃したのであったが、一人の先輩だけ下がらずに向かって行った者が居た。当然、怪我は大きく誤解の遺恨が残った。病院で彼は何も語らなかったが、仲間が逃げたという思いをずっと持ち続けていた。一方、組織だって行動しやくざを蹴散らした仲間達は、彼の行動に批判的であった。
何年か後の再会時に、ある意味での誤解は解けたのだが、その時以来、私は「川の流れは両岸から見なければならない」という事に留意している。派手なパフォーマンスで突っこんで行った方か、冷静な判断で下がった方が、答えの正解は無い。
それぞれの価値観で、見る方角で、視界が全く違う時が有る。川の流れは、まさに黙して語らぬ行間の密度そのものにも見える。

さて、淡路島は鳴門と明石海峡の架橋そして本土導水により、物理的に島でなくなり、過疎、少子、高齢化の加速する地域です。過疎、少子、高齢化を敵視する視点もあるがそれを逆手にとって未来を創造する方法も有り、量を質に変え高める事により展開を開く事が可能です。冷徹な分析と冷静な作戦、そして高い志が必要です。
故郷淡路の喫緊の課題、市町合併は、シジフォスの神話に似ている。誤解が誤解を生み混沌模糊としている。私の合併についての意見に「局長の意見は悲観論」と言う人がいる。相手を懐で受け止める余裕が感じられない。人間が儀礼として動物と違う特質である挨拶が出来ない人がいる。さらに自分と意見の違う人には、意識的な無視をする。寂しい文化である。今こそ多様なる視点と価値観、そして断固たる決意をする時であり、淡路の近い未来は今の行動にかかっている。高い志と、思いやりの行動を持たねばならない。