故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

平成24年度施政方針に当たって。 H24.1.27.

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ご尊父が、淡路市塩尾出身の、福谷弘先生の名著、「津名学の覚書」に、「昭和60年代、津名町民の間で、津名は洲本を超えたと自負する声が囁かれた。「洲本引け」を心配する洲本市民も居た。しかし、それは縦貫道の開通が、津名・一宮インター開通から、明石海峡大橋の開通までの僅か、10年。洲本引けが起こるにしても、遠い将来の事で、有り得ない事ではないが、有りうる事でもない。新市は、どの様な地域、街創りを目指さなければならないのか。津名郡地域は、地域としての独自性が強く、新市の求心力を如何に高めるかが課題であり、多極分散型か一極集中型か、市民の良識が問われる。
島として、地域経営のための初めての本格的調査を、平成15年度、淡路県民局が「風土工学的手法によるイメージ戦略モデル調査」として行った。門康彦淡路市長が、淡路県民局長時代の施策。景観十年、風景百年、風土千年と言われる概念を基軸とする新しい学問を屈指してであった。
淡路一市は正論であったが、明石海峡架橋が結果として妨げた。
津名と三原を捨て、淡路市、南あわじ市が誕生、有史以来の興隆時代を迎えた津名の存在とは、如何に、島の振興に貢献することが出来るのかで有る。島の将来は、新生「淡路市」の双肩にかかっており、島の玄関都市として、全島的視野に立った地域、街創りが望まれる。」と有ります。
洲本学は一冊であるにも関わらず、津名学が四分冊にもわたるところからも、考察の意味は深く、淡路市民としての自負と矜持を大切にし、現場という謙虚さを旨として、過渡期の淡路島の現実を直視し、市政全般に努力することを、今、改めて確認しています。
私達は、鳴門が鉄軌道併用橋、明石が吊り橋という現実を直視し、自然と共生し、その風土を活かす施策の展開を実行しなければなりません。
例えば、市域全体を、田舎の学園都市として街創りをする。関西看護医療大学、関西総合リハビリテーション専門学校、県立景観園芸学校、津名、淡路の県立高校、そして、神戸大学の臨海実験所・教育研究センターが、市域全般に散在しています。県下に四つしかない「発明クラブ」も淡路市に在り、21年の歴史を刻んでいます。また、近々、株式会社による国際学校(仮称)の設立も準備されています。
そして、夏季には、立命館大学、関西学院大学野球部が、佐野運動公園で合宿をしています。それ以外にも、自然環境を利活用した合同合宿等、まさに市域全体が学園都市としてのイメージです。
また、西側以外、全て海に面している市の環境を活かし、地域を元気にする港の活用事業も大事です。クルージング、住民参加の港利用、国際港としての活用なども考えられます。
そして、市域に散在する文化遺産等の数々、これほどの環境はあり得ません。
今こそ、一歩前へ、明日の淡路島のために、前へ。覚悟を決める時です。

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  1. 2012/04/06(金) 15:57:03
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