故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

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「記憶の無い同級生」津名中学校第一回卒業生 門 康彦

米国でケネディー大統領が誕生し、日本の国会に全学連が突入した年、1958(昭和33年)年志筑中学校に入学した私達が、3年生になる1960(昭和35)年4月、津名中学校志筑教場の生徒になりました。言われるところの、津名中学校第一期生の誕生でした。

 昭和の市町村合併の最中、まさに過渡期の時代にあって体験した事ごとを、平成の合併の当事者として県民局長として関わり、淡路市初代の市長として就任する歴史の不可思議さを当時は、想像すらしていませんでした。

 1961(昭和36)年3月14日の卒業生の住所録に、校長・神代勝一、担任は、志筑教場1組宮崎和見、2組亀山忍、3組大岡吉夫、4組奥殿荘一そして大山明美とありました。男子学生の殆どが丸刈り、女生徒はセーラー服姿でした。

 2004(平成16)年、津名ハイツで同窓会が開催された時、191名中、物故者は14名、参加者は64名、感動の再会でした。

 現在の志筑小学校付近に木造の校舎が在り、朝礼の風景を写した写真に、当時の津名高校のグランドに面した私の生家が写っていますが、今の市街地の面影も有りません。

 私達一期生は、現在の校舎には入っていません。その予定地の荒地に行った記憶だけが有ります。敗戦の年に生まれた子供達も、還暦を過ぎ、第一線を退いた者も多く、そうした者達が、出会い、同じ一期生で有る事を知った時、幾ら思い出そうとしても出来ない、記憶の無い人が居ます。原因は明白で、そういう時代を共有した存在感は有ります。

 教場は、志筑以外に、生穂、佐野と在り、倶楽部活動などで親しかった者か、同じ高校へ進学したものでないと、知り合う機会が無かったのです。半世紀を経て、記憶の無い同級生が再開し、美しい淡路市作りを目指す学年、それが、第一期生の思い出です。

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  1. 2008/07/17(木) 20:40:16
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