故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

天然党の伝説

blue-zoom.jpg

「天然」人為の加わらない自然のままの状態、或いは、人力では如何ともすることの出来ない状態。そして、本性、天性、生まれつきと、広辞苑の解説に有ります。

俗世間的には、「あの人は天然やから」と言う評価は、或る意味、尊敬と異次元の産物として、そして愛される存在として、しばしば理解されています。

天然党を標榜する者の、その美学は、「天にあっては、星、月、日の動きは天然の道理に遵う。地にあっては、生きとし生けるものの天然の摂理に包まれてその命を保つ。吾ら、天然の道理と摂理を称す」とした言葉の、行間に有ります。

即ち、天然の美学に普遍の価値を認め、そこに、人間存在の理想を求める。

現世の世相は、自己の欲望のために天然を損ない、骨肉相食み、惻隠の情忘れ、小賢しい言動の日々に生き、人心は荒廃し、弱肉強食、阿鼻叫喚の世界とも言えます。

自らが律すべき規範を確立し、その根源を先哲の言に求め、先哲の美学、天然の時代を超越した道徳律の結晶に触れることが求められます。

また、先哲の叡智に習い、天然の美学の使徒として、天然党の結成を目指します。

されど、その道は、苦難の旅であり苦難は自らの心中に有り、何をなすにもやむにやまれぬ心が肝要であり、毀誉褒貶に動ぜず右顧左眄から超越しなければならない。

古来、禍福は糾える縄の如しという格言、「人生万事塞翁が馬」、とは、禍福いずれの人間の一面として有り、インド哲学は、晴れに悲しみ、雨に喜べと教えています。

吾らが日々見るものは、すべて現象の一面にしか過ぎずただひたすらなる行動の中にしか本源なるものの姿は見えてこないのであるとすれば、その規範を明確に記します。

即ち、「行動において自らを省みようとするものは、吾らが天然党に参集し、天然の美学を確立し、世の混乱を救う。これが天然党の趣旨である」

・党中法度。

一 清く正しく生きる事。
  「晴れてよし、曇りてもよし不二の山、元の姿はかはらざりけり」山岡鉄舟。

一 凛として、潔く生きる事。
  「かくすればかくなるものと知りながら、やむにやまれぬ大和魂」吉田松陰。

一 風の心を信じて生きる事。
  「敷島の大和心を人問はば、朝日に匂う山桜花」本居宣長。

一 惻隠の情を忘れない事。
  「わが道は一をもってこれを貫く、忠恕のみ」孔子。

一 鈍感をもって感性を磨く事。
  「したたかに鈍感力を発揮して諸事に当たるべし」天然党党首。

何回目かの誕生の日に当たり、ここに思う。「心は少年」

スポンサーサイト
  1. 2009/03/07(土) 09:32:36
  2. 未分類
  3. 天然党の伝説のトラックバック:0
  4. 天然党の伝説のコメント:0

Home

コメント

コメントの投稿

管理者にだけ表示を許可する

トラックバック

トラックバックURLはこちら
http://monyuukai.blog123.fc2.com/tb.php/143-b975309f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)