故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

故郷の風「市名について」

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淡路市の市名はどうして決められたか?
三市になった経過は別にして、市名は人で言えば顔。形式的にも重要だし、合併の時などは大げさに言えば、その成否に関わる事が有ります。
市名の出発点は、合併協議会。そこで案が決められ、町等議会で議決後、県議会で諮られて知事が告示し、総務省に申請され告示されて決定となります。
各町代表の合併協議会が決めたからそれでいいと言う事にはならないのです。
理由は明白です。住所表示にも影響する訳ですから、隣接等の他団体の意見なども尊重しなければなりません。
1市10町の淡路島時代にも、暗黙の了承のようなものが有りました。「淡路一市」と言う言葉が一人歩きしていて、漠然と「淡路市」なるものが考慮されていました。
私は当時から、「淡路島市」を思っていました。
津名郡5町合併協議会が、内々に「淡路市、でどうでしょうか」と相談してきた時、市名は隣接市町などとの内々の了解が必要ですと説明したのは、そういう事からでした。
津名郡5町合併協議会は、「淡路町が在るから淡路市でも良い」と強行し、県議会も追認しました。
結果、三原郡4町は、「南」をつけ、「あわじ市」と平仮名表記で対応しました。
洲本市は、県の6番目の行政順位を確保するため併合合併として「洲本市」としました。

名称、されど名称で、淡路島も2郡時代、津名を上郡、三原を下郡と言っていたことが有ります。そのことで、三原郡の人達は、「下」と言う言葉に違和感を持っている人もいたようです。
淡路島三市時代に在っても同じことです。
「淡路」と言う言葉は、全体を意味します。又、大阪にも淡路という地名がありどちらかと言えばそちらの方が有名です。
正確には、「淡路島」でなければなりません。
又、淡路市が主体となってする事業等について、全体を意味する「淡路」、「淡路島」を使用するときは慎重にしなければなりません。

東京では、「淡路」は通用しません。「淡路島」は理解されます。
行政は正しいメッセージをする事を義務付けられています。そして、600㎢足らずの小島に犇めく三つの市、相手の心を慮る優しさも大事です。
驕ることなく、小さく胸を張って、淡路市と説明したいものです。

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  1. 2013/09/12(木) 20:04:24
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