故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

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故郷の風「拍手」

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講演を聞いている時、多数側に居ると舞台上の人からは見えていないと、勘違いしている。
多くは舞台の上で話などする機会が少ないのでそう思い込んでいます。
しかし、舞台から多数の人の特定は結構できているのです。
動作、微かな話し声、そして表情など。
特に田舎では、拍手のタイミングが難しい。誰かが先陣をきると続いて拍手をするのですが、けん制しあって誰も拍手をしないと、本来、拍手をすべき状況なのに、変な静寂で気まずい空気が流れてしまう。
そういう事で会場を眺めていると色んな人間関係に気づきます。
真っ先に拍手の先鞭をきって会場の流れを作っていた人が、ある人の時にそうしなかった。結果、その人の時だけ拍手なしに終わってしまいました。
後で、何気なく聞いてみると、二人は犬猿の仲。誰も分かっていないとしている仕草も、何処かでばれてしまう。
器の小ささとはこういう事を言うのだろうなと思いました。

自分と意見の違う人の舞台を見たくないと、その人の時だけ会場を抜け出す人も居ますが、周りから見え見え。拍手をしたくないからかも知れないが、敵を知るのも自分のため。

相手が素直に贈ってくれた塩を、感謝で受け止める余裕のない行為は、浅はかな行動にしか過ぎない。

挨拶もそうです。
もろに感情がでる挨拶などの仕草は、正直の裏返しかも知れませんが、組織とか社会の一般的付き合いにおいては別の意味を持ちます。
自分の品位を落としている事に過ぎないのです。では、どうすれば良いのか?驕らず卑下せず自然体が良いでしょう。
                                  自分の息子の不祥事で消えたコメンテイタ―に、マスコミと言う名の商売の闇を感じましたが、他山の石としたいものです。
指摘することが悪口的に捉えられる風潮は、洋の東西を問わないようですが、「地球の裏側にもう一つの野球があった」などと指摘されないようにしたいものです。
(蛇足)
ブラジルで挨拶した時、「地球の裏側に」と表現し、現地の人から、「私達から見れば日本が裏側、反対側の言葉の方が適切です」と指摘されました。

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  1. 2013/11/01(金) 16:55:38
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