故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

故郷淡路に降る雨

 私が、関西大学文学部への進学を選択したのは、一人の先輩の言葉からであった。「関大には千里山文学という活躍している同人誌が在る」当時、確かに関西で芥川賞候補に最も近いと言われていた関大文芸部を千里山文学の同人であるという表現で、気概を持って自己紹介する事が有った。その言葉を贈ってくれた先輩はもう故人であり、そぼ降る雨の志筑の乗合自動車停留所で「何になっても良いが、やくざにだけは成るな」と送ってくれた母も居ない。

 亡き母、門ミユキは、津名保健所で長く保健婦として勤務しており、今でも私をミユキさんの息子として認識する人が多い。秀才の姉と滅私奉公、共励会の会長としても努めた母を持っている事で、私を過大評価する人も居る。敢えて訂正はしないが、気恥ずかしく感じる事が多い。

 私が目指したものは、文学、詩人の世界であったが、同時に武道も学び、所謂文武両道を価値判断の上位に置いて生活してきたが、最近体力の衰えを知るところとなり、武闘派の自負を閉じる事にした。

 公務員として結果的に母が希望した職業につき、定年も近づいて来た年に生涯の拠り所であった矜持の旗を降ろす事の意味するものは何なのか、自問自答する最近の日々である。

 小学生の通信簿の通信欄に先生から「几帳面、潔癖すぎる」と評価された私の性格に気付いた人から、「川の流れは両岸から見なければならない」と教わり、実感として認識する事が出来たのもやっと最近である。
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 相手の立場に立つ難しさや、思いやりの心は、その人間の生き様から生まれる。「人間の価値は、死ぬまでにどれだけの人と出会ったかで決まる」とも言われる。それはまさに、人の歴史、生き様の事に他なら無い。全ての人に好かれようとは思わないが、嫌われる事は極力避けたい。これは、さほど難しくない事である。人からされて嫌いであった事を自分がしない事で大半は達成される。それと、理不尽なものに耐える度量を持つ事だと思う。つまらない相手とおなじ舞台に立つと駄目である。

 志は高くそして謙虚に生きる。不惑の年を遙かに過ぎて、辿り着いた一つの個人的基点であります。

 さて、淡路島にこれからどんな雨が降るのか。敢えて文化圏と言うならば、伝統文芸の三原、市街地連担の洲本、唯我独尊の津名と言った所か。象徴として言うならば、当然、淡路は一つの島であり、外的と対峙する場合は力強い味方である。しかし、島内においては、時には手強い敵にもなり得る。田中長野県知事は、「都会から見て長野は田舎として売らなければならない。自然を壊す公共事業は不要」と言われる。その表現を聞いていて或る事を思い出した。田舎の遺産相続に都会から権利を主張して財産を得、墓の守りは田舎に居る者に押しつけ、休みには帰郷して面倒も見させる。その地に住んで居る者の視点が欠落している。人気という意味不明の仮面を被った道化師と同じ舞台の故郷作りをしてはならない。

 刻、所、違っても故郷に降る雨は母なる大地を育むもの。そして同じ香り。
                                                 平成14年7月
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  1. 2007/10/24(水) 10:43:29
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