故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

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産経新聞  「私言独見」

 夜明け前の暗闇が、一瞬、より深くなる時が有ります。それが自然の生業で有るのか、見て感じる人間の心がそうさせるのか定かではありません。いずれにしても宇宙という空間と時間の不可思議な作用であるのは確かです。

 淡路市はそれほど大袈裟な事ではないにしても、多くの課題を背負って船出しました。

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 街角で私の手を握りながら、「良い市を作って下さい」と語りかけてきた高齢の方、こんな所に家があったのかと思われる所で出会った青年は、帰郷し淡路島での農業の再生を信じて私に熱く語ってくれました。また、アルバイトの少年が私の演説を聞き、敢えてこの地で、市民型の選挙を目指す私にエールを送ってくれました。そして、私に反論の機会を与えない一方的な会話も有りました。そうした事の繰り返しが、県を退職してからの四ヶ月と一週間でした。

 今、津名の埋め立て地にある淡路市庁舎で、当選後の翌日から執務に就き休み無しの毎日ですが、ふと振り返って見る広大な埋め立て地と海に新生淡路市の可能性を感じています。

 五つのそれぞれの特性が有る地域を一つの行政体として運営するには、三つの必要事項があります。一つは信頼関係の構築です。その為には、情報を共有し相互連係するシステムが必要です。二つには、市民が生活圏と行政圏を区別して考える事が必要です。三つには、夢です。「明石海峡大橋の無料化」は、近未来への挑戦であり島民への意識の警鐘でもありました。勿論、その為に生じる負の部分に対する対応も同時に考えていかなければなりません。

 「誰にも見せない涙」という言葉が有ります。自分だけの事を考える人にはその涙は流れません。相手との痛みを共有しながら淡路市を考え、市民で在ると同時に市職員として行政サービスに務める思考と行動を今後とも維持し続ける事が、その負の部分に対処する時に必要です。最近の行政にはそうした心の交流が希薄になっているような気がします。

 当分の間、良いか悪いかは別として、東京の一極集中は続きます。それに対峙する形で地方は存在しています。東京に象徴される活性化と繁栄は、結果として田舎、地方の犠牲の上に立っています。それはまさに持ちつ持たれつの世界なのです。互いが協調しなければ、栄えた文明が消えた歴史の轍を私達は踏む事になるでしょう。

 私達の新しい市は、素晴らしい独自の特性を持っています。明石海峡大橋、夢舞台、震災記念公園、伊弉諾神宮、そして市庁舎の埋め立て地、これだけではなく、歴史と文化に彩られた地域社会の生活文化が在ります。それらと、行政サービスを連携させて未知の領域に市民と共に一歩を踏み出します。

                       平成17年5月24日朝刊
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  1. 2007/10/29(月) 16:53:01
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