故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦

愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。

淡路市誕生

 歴史の評価は難しい。神風特別攻撃隊敷島隊指揮官関行男海軍大尉は、軍神と称されたが敗戦後の世相は、23歳で散華した軍神の母には冷たかったと言われている。評価は時代によって変化する。

 平成の大合併と言われるなか津名郡5町は、淡路町長の選挙により又一歩前進した。

 これからは、県議会の議決を経て合併の決定、総務省の告示により、来年4月1日の淡路市誕生を目指していく。淡路は一つと言われながら、結果として3市の暫定措置を選んだ今の住民を、後世の人達はどう評価するだろうか。確かめてみたい気もするが、物理的に無理なようだ。

 ただ、その結果、私は前から最終的市名は、「淡路島市」と思っていたので、淡路市、洲本五色市、南あわじ市がまとまる時には、名称は淡路島市しかない事となり、ベストではないがベターの途中経過かなと思っている。
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 さて、この地に生まれ育った者の証として、津名高校出身者に何が為し得るかが、今、問われているとしたら、どう答えるべきか。

 津名高校を卒業した人の大半が島外へ去る。そしてその大半が島外の生活場所を実質的故郷とし、その地からの視点、価値判断を作りあげてしまう。しかも、島の情報を共有する基盤が薄い分、島への理解度も浅い。最低限の共感すら難しい所以である。自分の人生において生まれ育った所の時間の方が短くなった人には、行政の市町村合併等、問われれば答えるくらいの関心事で、ほとんどと言っていいくらい無関心である。島外から移り住んでいる人達の方がそうした議論に熱心となる結果をも生む。そして困った事に、後者の発言に対して、島で生まれたと称する前者は、島を想ってのことであろうが責任の無い発言で混乱を招いたりする。

 重要な事は、その時、その地で生活し、そして未来も生活していこうとする者の視点と言うことなのではないだろうか。歴史の節目、或る意味では、有事の時に、個々人の資質が自然と浮き上がって来る。それは、その地出身の者でも同じで、難しい事ではあるが、奉仕的観点からの視点、行動が求められる。津名高校の卒業生にも、今、その存在が問われているのであるが、さてどうであろう。心しなければならない。

 淡路市の課題は、山積しているが、最重要事項は、5町の行政の調整とまとめであろう。西浦と東浦の地形の違い、淡路町と東浦町の生活圏感覚は明石・神戸市にある事、北淡町の東西の意識、一宮町と津名町は、淡路市だけでは真ん中に位置していない事等、高等学校も島外、島内入り乱れているといった状態で、このような個々ばらばらをどう集約していくかという難問題が有る。淡路市誕生は、新火山の噴火のようなものでも有る。

 しかも、将来の事に言及するなら、近い未来における淡路島市の誕生を視野に入れた検討も同時にしていかなければ、発展的な地域創りとはならない。

 偶然には違いないのだが、津名高校の新校舎は、来年完成し、同じ時期に淡路市が誕生する。その時、歴史は動いたというまさに後世に残る取りになるはずである。

 津名高校の新校舎への進入路が、様々な人達のそれぞれの立場での努力の結果、環状線から新設され、桜並木も実現の運びとなった。このように自分たちが今、出来る範囲の中で最善を尽くす事が時代を共有する者の定めとしてあるのではないだろうか。

 その道の両側の桜の花が舞う下を、後輩たちが楽しげに歩く姿は、淡路市の未来を示唆している。国のため、愛する人のために戦った英霊の辞世の句に、「教え子は散れ、山桜此の如くに」とあったと聞く。心したい事である。

               兵庫県代表監査委員
               門 康彦(高校15回生)

               津名高校同窓会 阪神支部報
                  平成16年7月15日
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  1. 2007/10/30(火) 10:21:23
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