故郷の雨 ――淡路市長―― 門 康彦
愛と正義の政治家、『砂楼の伝説』の著者でもある詩人 門康彦淡路市長の『故郷の雨』ネット版を、順次紹介してゆきます。
亡母 門ミユキの想い出
昭和三十年代、志筑に三島座という映画館があった。母は映画好きで娯楽が少なかった当時、私も連れられてよく行ったものだが、ある時、幼少の私には、無頼漢かヤクザにしか見えなかった男達が喧嘩を始めた。すると母がその喧嘩に割って入り、見事に収めたのを鮮明に覚えている。何年か経ち、その事を姉に尋ねた事がある。「お母さんは、保健婦や共励会の世話で沢山の人を知っているから」という返事であったが、共励会が母子家庭の会である事を知ったのは随分経ってからであった。
当時、平家の落人の里、秘境といわれた徳島県の祖谷有瀬村から母は、大阪に働きに出た。今から、七十数年前の事である。徒歩、汽車、船、バス、現在の交通事情を考えれば信じられない時間をかけての旅であった。
今は地続きになった淡路島の実家に、神戸の家から一時間もかからずに帰る事が出来る。移動時間の短縮と価値観の変化。その多様性を思うにつれ、母が当時としては随分、自立した女性であった事を最近、再認識している。
父の死の意味は、既に自我が芽生えていた姉のものと、生まれて一年の私のものとではまったく違っていたと思う。
私は母子家庭を意識した事は全くなかった。それは今から思えば、故郷の人情、時代、親戚、友人達そして何よりも母の愛情によって守られていたものである事を不惑の年を遙かに越えた今、痛切に思う。

昭和三十九年の春、大学進学のため出かける私に小雨降る志筑のバス停留所で、傘をさす事も忘れ、
「何になってもいいが、ヤクザにだけはなるな」と真剣な眼差しで言った母の澄んだ眼と小さな体が今も目に焼きついている。
母の眼の色が深く澄んだのを特別に意識したのは、小遣い銭を盗み、それを私が認めない事を叱り「一緒に死のう」と日本刀で追いかけられた時と、私の妻が淡路から遠い唐津から来る事に難色を示した親戚の人に毅然として妻を庇った時であった。
矜持と助け合い、そして正義、母が共励会に抱いていたものはまさにそれらであったと今でも思っている
小学校から高校まで、ずっと優等生で大学も自力で奨学生になり、国立大学に進学した姉とは違い、大きな夢だけを抱く少年が私学に進学するのを助けてくれたのは、母が配慮してくれていた母子家庭の奨学金であったがこれも知ったのは卒業後の事であった。
大学在学中の私の素行を心配して、ちゃんちゃんこに小さな姪を背負い、津名高校の職員室を訪れ、相談に来た時の事を、藤本晃先生から
「あの時のお母さんには凄い存在感があった」
と聞かされた事がある。
神戸の街で助産婦をして一人頑張っていた女性、明石の街で「おふくろ」という食べ物屋で働いていた女性達、楽よりも子供と一緒に苦労する道を選んだ女性、それらの人達の存在感も同質のものであったと思う。
当時の共励会には、そうした気概というか資質のムードがあった。
母が死んだ時、私は県庁の財政課に居たのだが、私が門ミユキの息子と知って全く面識の無かった職員の方が沢山、挨拶に来られたのには驚いた。
「貴方のお母さんは本当に世話好きな人よ」
とよく言われたものだが、折に触れてその意味を実感したのは母の死後の方が多かった。
共励会の本質もお互いが世話をしあうという事であったと思う。
女性が強くなったと言われる今日においても、それは変わらないはずである。
父親どころか母親も親戚も定かではない子供たちを招いての昼食会で、挨拶の時に見せた母の涙がなんであったのか。
時代は変わっても人は変わらない。表面上は違って見えても、本質を知る人間には真実は一つである。
共に苦しみ、助け励まし合う自然は心。それらが自然体としてあった時代。母が生きたのはそうした時代の共励会であった。
夢の架け橋がかかり、高速道路が島の中央を縦貫し、関西国際空港の国際便が上空を飛び交う今、久しぶりに母のアルバムを開いて見た。元気に楽しそうに笑顔が映える婦人達の顔があった。その回りに古着ではあるが洗濯の行き届いた白いシャツを着て、これも楽しそうに笑顔を見せている子供達の姿が在った。
決して裕福では無かったが、楽しかった共励会。それが母の時代であった。
――淡路地区婦人共励協議会創立50周年記念誌――
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